千ノ気まぐれ誌

爆裂惰性筆法

加悦SL広場弾丸旅行[後編]

[前編より]

与謝野駅でドカドカと列をなして降りていった人たちを目撃したトコロまで書いたと思います。



さて、同駅には「丹後山田駅資料室」なる場所があり、数点の写真やヘッドマーク、そして国鉄時代の丹後山田駅を再現したNゲージによるジオラマがあります。

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↑加悦鉄道も再現
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↑そのジオラマと共に手製のキハ58を撮影
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蒸気機関車と共に自慢げに並んでいたKTR001形
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そちらに目を向けるなり見えたのはすし詰め状態の鉄道趣味者たち。
心なしかその眼はギラギラとしているように見えました。
嗚呼、これだけの人間が加悦SL広場へ向かうのかと。
そして外に目を向ければ同じかそれ以上のバスを待つ人の列。
以前訪れた時の閑散とした様子が嘘のようでした。

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↑与謝野駅の保線基地(旧貨物ホーム)残念ながらモーターカーの姿は見られなかった。

ツイッターを覗いたり外から保線ホッパーを撮ったりして待っていると構内踏切の音が。
待ちに待った同行者、七峰氏の登場です。

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見慣れた地味な服装の男を確認したとき、
私はつい堪えきれずに大笑いしてしまいました。

私「ここは川崎ですか※」
七峰氏「ホントねぇ、川崎としか思えないや」
※我々はよく川崎で集まるのです。

そうして彼は土産と言って小さな紙包みを渡してきました。

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塩です。
見ての通りの塩です。
後で聞くところによると「可愛い女の子描いてあるしあと適当にクリアファイル買えば喜ぶだろう」と思って買ったそうです。


何だか軽く見られたものです。

「僕を除霊しようって言うのかい?」
「人を悪霊扱いとはキミもずいぶんと言うようになったではないか」
などと下らない事を言っているうちにバスが駅前に滑り込んで来ました。

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↑野田川親水公園

すし詰め状態のバスから解放されて向かった加悦SL広場。
案の定大量の鉄道趣味者たちが園内でウロウロと歩き回っていました。

入場券の発券には行列が出来ていた為に
我々はまず外からキハ08をとらえることに。

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↑60系改造つながりと言うことで衝突実験車と。

ここでやや遅れて北村氏が登場。
顔を合わせるなりお互いにケチをつけ合う事から始まりました。

私「旧型客車に運転台をつければキハ08になりますよね?」
北村「いやそれじゃあただの衝突試験車だよぉ」
私「じゃあキクハ45も衝突試験車ですか」
北村「衝突試験車だよぉ」

ここで土産があるといって北村氏に饅頭を渡す七峰氏。
ここですかさず自分との扱いの差を切実に訴えます。

私「なんでソッチは饅頭なんですか私なんか塩ですよ塩」「なんですか帰れって言いたいんですか」

しかしここで意外な展開へと向かいます。

北村「え、ソッチは城崎このみがプリントされてんの」「カワイイ!」
そうしてこう宣言。
北村「こっちがいい」

こうして七峰氏と顔をかしげつつも饅頭と塩を交換。
家族への手土産が出来て一安心したところで発券に向かいます。

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転車台周りの車輌群を一通りみて回った我々は
ヨ2000の車内で休む事にしますが肝心の車内は
沢山の人が見学中です
仕方なく近くにあるベンチを拠点にします。

我々が互いの車輌を眺めていると
この旅の第四の役者が姿を現します。

????「えっ、スゴい…」「写真、撮ってもいいですか?」
謎の研究員シロクニ氏である。

彼の畑はヒカリアン、と言えばプラレールからみれば隣近所みたいなものである。

彼に好き勝手に写真を撮らせている間も
我々は好き勝手に車輌を並べて好き勝手撮ります。

やがてシロクニ氏は礼を述べて別れるものの、加悦SL広場園内、しいては帰路までの至るトコロで顔を合わせる事になるのでした。

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↑北村氏手製(北村製作所などと揶揄されている)の除雪車たち(と私の北海道型D51

ここで北村氏、突如として奇行に走りだします。

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彼はおもむろにレールを取り出しオーバルを敷きだしたのです。
突然の出来事にただ爆笑するしかない私。隣で困惑する七峰氏。そして満足げな北村氏。

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そして客車五両を取り出して一つ一つ、決まられた順番につなぐ北村氏。
私「これだけ繋げて走るのかい」
北村氏「全然走るヨォ」

なんと恐るべき事に、
加悦の機関車というのはなんとも力強い事が判明したのです。

とりあえず一通り車輌を見た我々はとうとう「加悦のヌシ」とも言うべきあの珍車と正々堂々対面するのです。

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↑キハ08 3と手製のキハ08

国鉄史上最大とも言うべき珍車、その圧倒的威圧感(と珍妙な外観)に我々一同は圧倒されます。

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北村製作所と手製のキハ08

当然否応なしに興奮した我々は何故か
「写真を撮っているトコロを撮っているトコロを撮る」
などとキハ08とは何ら関係のない事を始めます。

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↑左が北村氏、右が七峰氏
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↑左が私、右が北村氏

キハ08の撮影を終えた我々は他の車輌の巡回撮影を開始。

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↑足かけに車輌を置いて撮影、上が北村製作所製、下は七峰氏

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↑TMC100BS、保守用車はいつか揃えたいものです。

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ナローゲージでお馴染み加藤製作所、撮影ミスで指が映り込んでいます。

大体の車輌を撮影し終えた我々はキ100形除雪車をジックリ観察し始めます。

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↑キ165、時速65km指定の黄帯が注目点

私「これはですね、キ100の中でも前期型でね、元々ラッセルヘッドの形が現在とは違う形だったの」
私「七峰君、ここ、ここ見てほしい」
私「あからさまに線がついているでしょ」
私「無理矢理改造した跡なんだよね」
北村氏「叩いてみると違いがわかるよ」

ここで叩いてみる我々、なるほど音が違う。
音が違う事が面白く思えた私はここで
さながら未開の地の部族のように
カコンカコンと叩き出します。

車輌は打楽器ではない。

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↑黒い165同士の写真、この光景に一同困惑。

その後キ165の車内を見学。あちらこちらに散らばる機械にまた興奮。

北村氏「必ずこの中で転んで怪我するんだよ」
私「足が短いからでは?」

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↑キ165の車内

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↑キ165の運転台から4号機関車を撮影

その後キハユニ51を見学。

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↑以前訪問した際のキハユニ51(元キハ51)

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↑郵便室、聞くところによると復元したそうです。

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↑郵便室側の半室運転台、郵便室で客室とは仕切られるはずなのに何故座席が…

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↑客室側の運転台、好ましい姿である。

キハユニ51の次はDC351。
ロッド付の動輪に巨大なエンジン部、そして派手な橙色と非常に印象的なディーゼル機関車である。

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↑こちらも前回訪問時、迫力に反して車体は意外なほど短い。

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↑2エンド側、単純でありながら実はあまり見ない独特の顔つきである。

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↑高身長であることから屋上部の撮影を任されたものの「作り直さないしいらない」の一蹴り、何のために登ったのか。

先ほどまでひっきりなしに人が訪れていたヨ2000の車内にようやく人の姿が見えなくなった為、我々は車内で休憩。
すると北村氏、ここで再びレールを敷き始めます。

そこですかさず畳みかけます。
私「だったら私の乗降場モジュールを繋げなさい」
私「情景部品の定番たる駅と踏切がないとは何事か」
と説き伏せてレイアウトに組み込みます。

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↑快走2号機関車

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↑加悦の国鉄由来の気動車をそれぞれ"重連"化

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↑をさらに併結して走行、この姿に思わず感動を覚えます。

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↑乗降場にて一休みするキハユニ51

ここでヨ2000の車内撮影にきた鉄道趣味者から
撤収を催促された為、夜逃げのごとく片づけを済ませ
デッキから飛び出します。

ヨ2000を抜け出した私はハ10を堪能しに向かいます。
このハ10、木造二重屋根という古典的客車の姿を現在まで留める恐るべきほど希少な客車なのです。

その貴重さにピンと来ない七峰氏に懸命に訴えるも
結局彼は見ないままでした。

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↑ハ10型客車、映画の撮影の為に左右で塗装が違うという。

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↑ハ10のベンチレーター部

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↑つり革

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↑時代を感じる荷棚の構造。

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↑ハ10の床下、補強とおぼしき鉄材がぶら下がっていた。

ここで七峰氏が思い出したふと思い出したのか、時計を確認。
実はすでにバスの時間が迫っており、早急に加悦SL広場を出なければならなかったのです。
しかし行きたい場所があった私はバスを見送る事を決意。

さて、滞在時間を延長した我々ですが
車輌もほぼ全て撮り終えていた為、
あとは小物を見回る程度で切り上げる事にしました。

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こちらのトイレ横にある物体、
車輪を利用した花壇のようで実はただ積んであるのみで
草はその下の地面から生えているだけという
混乱しそうな物。

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↑その他雑多な小物類、車輌区モジュールの際には是非とも再現したい。

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↑各種レール、北村氏がスラスラと種類を当てていたがすっかりド忘れしてしまった。

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最後にC58を撮影、手にしているのはC58…ではなく
瓜二つの北海道型D51

私「これがD51ですか」
北村氏「D51ですね」
七峰氏「D51ですね」

加悦SL広場を楽しんだ我々は廃線跡を歩いて加悦鉄道資料館を目指します。

私「(かつての)線路の上を歩く我々は今気動車なのだ」
七峰氏「夢見りあむじゃん※」

(※ゲームのキャラクターの名前
 最近エアギターに興じる姿が気動車のようだと話題になり、
 そこにかぶせた冗談である。)

しかしここをディーゼルエンジン車が走ったのは
試運転の一回のみであった事はまだ北村氏しか知らないのであった。

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↑道中の踏切跡

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↑そばにあった地蔵菩薩。挨拶を七峰氏にもすすめるもけんもほろろであった。

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↑北村氏がその日一番に興奮した標識、大層な早口でまくしたてていた。

大して時間もかからず、あっという間に加悦鉄道資料館に到着。
館内を見てまわります。

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↑模型が文化財なのか実車文化財なのか。

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↑購入の際に内装を作る、印刷して増結する等の応用方法を教えこまれた。

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↑紙製ではなくプラ製です。

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↑館内奥のジオラマ、今後の参考に一枚。

帰りのバスの時間までにはまだ余裕があったため
我々は加悦SL広場では出さなかった車輌を並べます。

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北村製作所と手製のキハによる遜色急行

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↑典型的な気動車急行編成

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↑七峰氏と北村製作所の普通キハ群

談笑のうちに帰りのバスの時間が迫ってきた為
加悦鉄道資料館を後にします。

しかしここで驚愕の事実が判明。
なんと休日ダイヤの為、目的の駅まで向かうばかりか
はるか山奥まで棄てられる事がわかったのです。
思わぬ形で帰りの足を失った我々、急遽タクシーで与謝野駅に向かう事に行邸を変えます。

無事与謝野駅に着いた我々は切符を求めて窓口へ。
そこでは硬券切符を求める鉄道趣味者たちで列が出来ていました。

京都駅までの特急自由席券と乗車券を買うと
自転車で移動していた北村氏が遅れて到着。
向かい風の為に体力を使い、その顔は蛸のように真っ赤でした。
偶然シロクニ氏にも遭遇。帰路を共にします。

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↑与謝野駅々舎

切符を買ってからものの数分で列車が到着。
再びの丹後の海号です。
北村氏に見送られ、我々三人は北近畿に別れを告げます。

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途中天橋立駅にて大量の観光客が乗車。車内は満員状態に。

やがて福知山駅に到着。
所用のある二人を置いて一足先に特急きのさき号に乗り換え。

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↑京都駅にて

充電席を確保し、二人が合流。
福知山駅を後にします。

ここで一日の疲れがどっと出たのか、強烈な睡魔に見舞われる私。
何を思ったのか七峰氏にその旨を報告してから爆睡。

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↑実際のダイレクトメッセージ

こうして車窓を楽しむ事なく、目が覚める頃には京都駅に到着。

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↑ご存じ京都タワー、電飾が美しい。

駅を降りたった我々はバスで四条河原町を目指します。
目的は食事と中古店。
ホビーランドぽちなる店で鉄道資料やプラレールを探しに行く予定でした。
しかし最寄りのバス停に降りたったのは閉店五分前。
予定を変更し、我々は食事をとることにします。

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今回食事処に選んだのはとあるラーメン店。
前回訪問時にたまたま発見し、
味が良かった為にまた訪れようと思っていたのです。

ここに決定したのは丹後の海号車内での事。
京都に来ながらもサイゼリヤマクドナルドで構わないと
寂しい事を言うので若干強引に決定。

運良く客が入れ替わる時間で来られたのであっさり席に座る事が出来ました。

食事を済ませた我々はまず帰りの高速バスの時間が迫っていたシロクニ氏と別れ、河原町OPAのブックオフに訪れます。

実は七峰氏の勧めによって過去二回訪れたことのある私。
しかしながら二回ともいい収穫に恵まれませんでした。
彼はその事実を信じていない為、その旨を強烈に訴えてやろうと腹のうちから思っていたした。

七峰氏「今日なんもないな」
私「今日だけじゃなくてココにはいつもないのだ!」
私「これが普通なんだ!」

雑誌やCDも確認するもめぼしい物はなく我々は店を出ます。
ここで帰りの高速バスの時間が迫っていた私は七峰氏と別れ、バスの乗車場所を目指します。

夜の四条河原町は博覧会と言うべき盛況ぶりで
あちらこちらにストリートミュージシャンや似顔絵師、胡散臭い路上販売などの百鬼夜行

例えばバケツや金属皿などでハードコアを演奏する人が、
海外でそういうパフォーマンスをする人がある事は知っていたのですが、まさか日本でも演奏出来る人がいたとは思いもよりませんでした。

さらにその横には動く銅像
暗さで詳細がよく見えない事も相まって本物の銅像とばかり思っていました。


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↑動く銅像

少し歩けば今度はベーシストの路上演奏。

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↑そのベーシストのアカウント情報

二曲ほど聴いたのち、後ろ髪を引かれる思いで指定のバス停に向かいます。

待つこと十数分、帰りのウィラーエクスプレスが到着。
あっという間に一日は終わってしまい、怒号の京都観光は意外なほどあっさり幕を閉じたのでした。